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追録8-No.425島津氏家譜記事(薩英戦闘の経過・損害と海防の評価)旧記雑録暫定版・確認中

英軍艦七隻と汽船三隻の奪取、砲戦・退去を記し海防の備えを評価する家譜記事

文久3年6月28日来航/7月2日戦闘/翌日退去の家譜記事/原整理番号 425/整理ID 425

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

島津氏家譜の記事。文久三年六月二十八日に英国軍艦七隻が鹿児島沖へ来て応接が終わらず、七月二日に港内の汽船三隻を奪い火を放ち、こちらを討つと命じたとする。薩摩の砲臺が攻撃し英側も応戦、敵艦将二人が死に多数の殺傷があったが、薩摩兵の死者は二人だけと記す。翌日英艦が退去し、大風暴雨の中で英艦が海戦に慣れた動きをしたのに対し、薩摩兵は初戦でありながら撃退したと評価し、忠勇だけでなく斉彬以来の海防の備えによると結ぶ。これらは家譜の叙述・評価として整理する。第421号系図の薩摩戦死一人とは異なり、両方の原数を保持する。

登場人物

島津氏、英国軍艦七隻、英側船将二人、薩摩兵二人(姓名不記)

宛先

宛先なし(島津氏家譜の記事)

キーワード

島津氏家譜、文久三年六月廿八日英国軍艦七隻鹿児島沖、七月二日汽船三隻奪取放火砲臺応戦、英船将二人死他殺傷、薩摩兵戦死二人、翌日英艦退去暴風雨、薩摩初戦忠勇・斉彬以来海防の評価、421戦死一人との原数差

冊子頁

301頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf