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追録8-No.421系図記事(英艦七隻来航と戦闘の叙述)旧記雑録暫定版・確認中

英艦七隻の来航・三隻奪取と砲戦、退去・損害を記す忠義公の系図記事

文久3年癸亥6月28日来航/7月2日戦闘/翌日退去の系図記事/原整理番号 421/整理ID 421

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

御系図忠義公の記事。文久三年癸亥六月二十八日、英艦七隻が本府港へ来て来意を告げ、応接がまとまらず、七月二日に薩摩側の汽船三隻を奪ったと記す。薩摩側が砲臺から攻撃し英艦も巨砲で応戦、飛来する砲弾の中で戦い、英側の船将二人の死と多数の殺傷、翌日の英艦退去を叙述する。一方、薩摩側の戦死者は一人だけとする。相手への非難や損害数はこの系図記事の評価・記載として示し、外部資料による損害確定とはしない。第420号の参照記事は来航日を六月廿七日としており、双方の原日付を保持する。 第425号の家譜は薩摩側戦死者を二人とし、この系図の一人とは異なるため双方を原記載で保持する。

登場人物

忠義公(系図表題)、英艦将領二人、薩摩兵一人(いずれも姓名不記)

宛先

宛先なし(御系図忠義公の記事)

キーワード

御系図忠義公、文久三年癸亥六月廿八日英艦七隻本府港来航、応接不調、七月二日汽船三隻奪取、砲臺砲撃応戦、英船将二人死他殺傷、翌日退去、系図薩摩戦死一人、第420六月廿七との原日付差

冊子頁

299頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf