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追録8-No.355京師世態間合の書付写(平田延太郎の標題・伝聞と問答)旧記雑録暫定版・確認中

公武の周旋・久光との問答と諸藩浪士の企てを伝える平田延太郎の京師書付写

本文:4月十二三日・16~18日・27~28日頃等の動静(年不記);文久3年癸亥正月20日写注/原整理番号 355/整理ID 355

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

平田延太郎の京師世態間合の書付写。久光上京は朝廷・幕府のため薩摩の力で周旋する趣旨とし、堀次郎が大原卿に聞いた叡慮や、伏見から上京した久光を近衛邸で中山・正親町三條・岩倉らが迎えて政治の存意を尋ねた経緯を記す。幕府の違勅を寛大に許し公武合体を求めること、一橋後見・諸侯寛罪・幕政賞罰・将軍謝罪等を叡慮として伝えるが、書付が聞いた内容として区分する。久光への問答では勅命決定後に従い、諸藩が争わず国力を尽くすよう求める姿勢を記し、長州山田又助や長井雅樂の説、久光の病気と蒸気船二艘による帰国案も伝える。後半は諸藩同盟の志士が京都・伏見に集まり、薩摩側に企てがあるとして久光が無是非に討取を命じたという記述と、六人討取・森山新五左衛門切腹、指導者名列を載せる。これに動揺した崎宅一郎らへ書状を送り、朝廷を守護するため京師での企てを急ごうとする内々の相談や、二十七八日頃に大坂へ暫時退いたとの情報を記す。末尾は文久三年癸亥正月廿日写之との注。本文の動静・伝聞と後年の写日を分ける。

登場人物

平田延太郎(標題)、臣・拙者(本文一人称)、泉州侯久光、堀次郎、大原卿、中山・正親町三條・岩倉・近衛、一橋・尾張・越前、長州山田又助、長井雅樂、福岡侯、橋口壮介・橋口傳藏・有馬新七・田中謙助・柴山愛次郎・森山新五左衛門、崎宅一郎・多田三五郎・吉松寅太郎・宮部定藏(原表記)

宛先

宛先書式不記(世態の聞き合わせを記す書付)

キーワード

平田延太郎京師世態間合書付写、久光公武周旋、堀次郎大原卿叡慮伝聞、近衛邸公家問答、一橋後見諸侯寛罪、幕政賞罰将軍謝罪、勅命後奉行、長州山田又助長井雅樂、病気蒸気船二艘帰国案、諸藩同盟志士京都伏見、六人討取切腹者記事、橋口壮介森山新五左衛門原名、崎宅多田吉松宮部書翰、内々企て、大坂暫退、文久三年正月廿日写

冊子頁

256~258頁

読込量

大

面白さ

★★★☆☆

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(2)148~276頁(嘉永7~文久2).pdf