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追録7-No.890書状旧記雑録暫定版・確認中

市田盛常書状(高輪同居・御内證様出府)(原本・目録890)

文化4年3月7日(朱注)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0890

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

高輪御殿では以前子女が天亡し、慈光院も卒去して御隠居が徒然に過ごし、随姫を引き取り世話し、昨年御前様の子女も来たが、追って芝へ残らず移り今は御隠居一人だと述べる。御内證様との高輪同居について太守の思召しどおりにされれば安心し、芝御殿からも余程隙ができ、平生の心配も軽くなるとして、遠路の出府を何卒願う。現在の高輪費用は気遣いなく、老年の御隠居と同居の安心、孝養を第一とする太守の意向を一統ありがたく思うとし、双方が直書を送り使渋谷藤内を急ぎ派遣した経緯を記す。以前の出府内沙汰は御隠居だけが入り御方様は入らず、芝から時々訪ね家内の世話を相談する案だったが、御方様も老年になり、芝同居・高輪のいずれでも思召次第に随うとする。惣方にも改めて相談して出府を願い、遠境の苦労はあるが老年介抱のため惣方を始め一統が望むとして直書を送った。江戸住居への断り・対顔について高輪で承知し、表も無故障で御隠居の機嫌が快然だったと伝える。高輪住居の世話が承知されれば早速段取りを知らせるよう求め、藤内は直ちに休息の暇を下し、返書等は別段の急飛脚でよいとする。出府の供女中は途中用の人数を召し連れ、道具は極力軽く、当地で支障なく手当でき、後の取寄せも都合次第。留守の田之浦を切に願い、残る女中の本丸大奥配置を差図されたいが、土産・下し物は当座のことで手当不要、江戸の手当は後で命じられたい。出府承知を得たらまず急飛脚で知らせ、追って用件を指示し、日数が掛からぬよう進め、道中の見物・伊勢参詣は思召次第とする。何度も願うのは老年介抱と惣方の都合によるためで、高輪側に存じ切った断りはないと内用で説明する。3月7日朱文化4年、市田勘解由署、三名宛。出典は重豪公御譜中、扣正文在家老座。依頼・既存内沙汰・承知を得る条件・将来の取計いを分け、実際の出府完了とはしない。

登場人物

御隠居様、御内證様、御惣方様、太守様、慈光院(重豪妾市田氏・注)、随姫、御前様・御子様方、市田勘解由(盛常・注)、渋谷藤内、嶋津将監(久泰・注)、頴娃信濃(久喬・注)、新納内蔵、男女の役、女中、御留守

宛先

嶋津将監殿・頴娃信濃殿・新納内蔵殿(各友き)

キーワード

高輪御殿芝移転、慈光院卒去、随姫世話、御内證同居出府願、老年介抱孝養、惣方相談、渋谷藤内休息、急飛脚返書、供女中道具軽減、田之浦留守、本丸大奥女中配置、土産手当不要、伊勢参詣

冊子頁

273~275頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(2)152~346頁(寛政10~文化6).pdf