桑山甚助問合書
寛政3年5月16日(書付。包紙注は亥11月8日)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0087
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概要
桑山甚助が、長谷川丹後守組の同心佐野善次郎の養女嘉代の実父母・素性を内々に問い合わせた結果を報告する書付。初めは手寄を通じても判然としなかったが、善次郎本人の説明が得られたとする。善次郎は牧野嘉平次の子で、16歳で佐野勘助の養子となった。勘助の実子は病身で家督を継げず町医となって佐野養伯と称し、甲府へ移って17年前に没したという。嘉代は養伯の実娘で、3歳の時に父が死去し、介抱する者がないため善次郎が引き取って養育したと説明する。実母は甲府の町医龜山宗因の娘で、嘉代出産の際から病み、その年に亡くなったとし、牧野・養伯・宗因の家跡は当時絶えているという。善次郎の養父勘助には約40年前に西川忠次郎の役所で御用手伝をし、その後御書院組同心になった経歴がある。署名は桑山甚助、日付は5月16日、宛表示は御中臈やを。後続包紙は男子誕生に伴う母名書一通と問合書一通を掲げ、大炊殿の内分の指示、面高善右衛門の取次と本田孫九郎の納置、11月8日の書写・本書返却を記す。
登場人物
桑山甚助(御留守居付役)、御中臈やを、嘉代、佐野善次郎、佐野勘助、佐野養伯、牧野嘉平次、龜山宗因、嘉代の実母(龜山宗因の娘、姓名不記載)、長谷川丹後守、西川忠次郎、大炊殿、面高善右衛門、本田孫九郎
宛先
御中臈 やを(書付の宛表示)
キーワード
桑山甚助、嘉代、佐野善次郎、養女、実父母、素性、問合、養子、佐野勘助、佐野養伯、牧野嘉平次、龜山宗因、甲府、3歳、16歳、17年前、家跡絶、母名書、書写、本書返却
冊子頁
27~28頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf