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追録7-No.531系譜旧記雑録暫定版・確認中

忠公系譜抄(目録531)

寛政11年3月29日生(実は18日との注)、文化7年正月15日首途~11月22日老中へ稟告(本文)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0531

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

近秘野帥の斉宣公御子、忠公の系譜。忠高とも書き、小字寛次郎、若狭から出雲・駿河に改め今は山城と記す。寛政11年3月29日に芝邸で生まれたとするが、実は18日との注がある。母を丹羽長貴女と記し、実母中根半平正房女、その母の名曰於~の細字と寛政8年2月12日卒の注を付す。文化7年正月15日首途、2月9日芝邸を発し温泉へ、4月9日鹿府着。27日に島津若狭忠貫の嗣子となり、11月22日に老中牧野備前守へ稟告した。忠貫には初名忠寛・後に山城・今は静河の注。出生の本文日付と訂正注、母の本文表記と実母注を区別する。

登場人物

忠公(忠高・寛次郎・若狭・出雲・駿河・山城)、斉宣、丹羽長貴女、中根半平正房女、島津若狭忠貫、牧野備前守(忠精)

宛先

独立宛名なし

キーワード

忠公忠高、寛次郎、芝邸出生、三月十八日訂注、母・実母、温泉、忠貫嗣子、牧野忠精

冊子頁

165~166頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

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(2)152~346頁(寛政10~文化6).pdf