← 検索結果へ戻る
追録7-No.51記事旧記雑録暫定版・確認中

斉宣琉国慶賀使ヲ従へ登営ス(斉宣従四位上中将ニ昇進ス)

寛政2年(本文。翌3年3月13日の使節帰着までを含む)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0051

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

徳川家治の薨去と家斉の将軍就任を受け、中山王尚穆が寛政2年に慶賀使を遣わし、島津斉宣が使節を伴って登営した経緯を記す記事。正使宜野湾王子朝陽は6月14日、副使幸地親方良篤は7月21日に鹿児島へ着き、9月6日に斉宣が参勤で府城を発ち、11月21日に使節と江府へ到着した。22日に松平和泉守乗完が将軍の懇命を伝え、25日に斉宣が登城して参覲の礼を述べ、琉球使節の登城・拝謁も先例に従った。27日に山田肥後守利寿を使者として米二千俵を賜り、翌寛政3年3月13日に両使節が鹿児島へ帰着したとする。同じ番号の末尾には、寛政2年11月27日に斉宣を従四位上・左近衛権中将へ叙任した記事が続く。

登場人物

島津斉宣、徳川家治、徳川家斉、中山王尚穆、宜野湾王子朝陽、幸地親方良篤、松平乗完(和泉守)、山田利寿(肥後守)

宛先

—

キーワード

島津斉宣、琉国慶賀使、中山王尚穆、宜野湾王子朝陽、幸地親方良篤、鹿児島、江府、登城、拝謁、米二千俵、従四位上、左近衛権中将、使節帰着

冊子頁

19頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

原文を確認

(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf