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追録7-No.289系譜旧記雑録暫定版・確認中

操姫斉宣系譜抄

寛政7年2月28日生・文化2年9月6日養子・文化6年2月15日出嫁/9月2日婚姻・天保5年4月8日卒(本文)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0289

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

近秘野帥の斉宣公御子の記事から、操姫の出生・養子・婚姻・年給・卒年を抄録する。操姫は江州膳所城主六万石の本多下総守康禎夫人で、寛政7年乙卯2月28日に芝邸で生まれたとする。母は丹羽加賀守長祥の妹、実母は須山和太夫則勝の娘で名は喜代との注を伴う。文化2年乙丑9月6日に夫人が己子として養い、文化6年己巳2月15日に南八町堀邸へ適き、9月2日に婚姻したと記す。年給金三百両を資とし、天保5年甲午4月8日に四十歳で卒した。法名は蓮臺院殿操譽西眞妙香大姉。No.288よりも出生地・養子日・婚姻経過・年給・卒年齢を詳しく記す系譜であり、重豪発給の書状ではない。

登場人物

操姫、本多康禎(下総守)、島津斉宣、丹羽長祥(加賀守)の妹、須山和太夫則勝の娘喜代(実母)

宛先

宛先なし(系譜)

キーワード

操姫、島津斉宣御子、本多康禎、江州膳所六万石、芝邸出生、実母喜代、丹羽長祥妹、文化二年養子、南八町堀邸、文化六年婚姻、年給金三百両、四十歳卒、法名

冊子頁

88頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

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(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf