追録7-No.2719-2その他文書旧記雑録暫定版・確認中
中山王尚育祭文
天保4年6月の遣使を記す祭文(作成日未記載、冒頭2月3日は薨去叙述)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2719-2
確認度高
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概要
中山王尚育が重豪の尊霊へ告げる祭文。冒頭は天保四年癸巳二月三日に薩隅日三州牧兼領琉球国大信院殿榮翁如證大居士が東武高輪邸で逝去し、訃報が月を経て届いたと叙述する。尚育は哀悼・思慕し、六月に僧俗二員を薩府へ航海させ、福昌で書写した七軸の妙典全部と祭儀を備えて昭告したと述べる。韻文は三品に位を登り、四方へ徳と仁恕を及ぼし文武・知恵・雄略を備え、民を慈しみ海外に威を振るうなど重豪を讃える。泰山が崩れ山川が変色する比喩で死を悼み、日月・春陽秋霜の変化、琉球の憂いと寂しさ、千載の芳名と妙體の不生滅を述べ、供えを歆饗するよう願う。これらは祭文の讃辞と哀悼表現として保持する。冒頭の主体は尚育だが、末尾は尚享と印刷される異同を留保する。二月三日を祭文の作成日とは扱わない。
登場人物
中山國尚育、大信院殿榮翁如證大居士(島津重豪)、緇白二員(僧俗の使者)、末尾署名尚享〔本文印刷・留保〕
宛先
大信公の尊霊
キーワード
中山王尚育、島津重豪、大信院榮翁如證、天保四年癸巳、二月三日逝去叙述、東武高輪邸、六月遣使、緇白二員、福昌、七軸妙典全部、文武仁恕讃辞、泰山山川比喩、琉球哀悼、不生滅、歆饗、尚享署名異同
冊子頁
988頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(6)929~1076頁(天保4~天保6・花押集・文書・記事目録)・奥付.pdf