追録7-No.2699その他文書旧記雑録暫定版・確認中
島津斉宣代祭文
天保4年癸巳4月8日戊申(本文)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2699
確認度高
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概要
斉宣が父重豪の霊を祭るために久徳を代役として遣わした祭文。天保四年癸巳の春、重豪を故従三位左近衛中将、薩隅日三州主兼領琉球国源公・大信院殿栄翁如證大居士と称し、高輪邸で病に伏し、二月三日に正寝で死去、十日に江戸から霊柩を発して国元へ戻し、四月八日戊申に福昌寺で仏式による殯葬の礼を行うと記す。嗣子斉宣は法により霊柩に従って帰国できず、海岳を隔てた悲哀を述べ、族臣久徳に祭祀の供えを献じさせて父の霊へ告げる。続く韻文は英明・慈良、治政、綱常、武備、建学設教など父の文武・徳行を讃え、高齢でも健康だった父の突然の死、千里の霊柩、残る手沢と孝思を嘆く。遺訓と家業を継承する決意を述べ、供えの誠を示して「尚饗」と結ぶ。祭文の語り手と現場の代役、表向きの死亡日と葬送日、讃辞・悲嘆・継承の決意を区別し、斉宣が国元へ実際に出席したとは扱わない。
登場人物
嗣子源朝臣齊宣(島津斉宣)、皇考大信院殿栄翁如證大居士(島津重豪)、族臣久徳(島津内匠久徳)
宛先
皇考源公の霊(島津重豪)
キーワード
島津斉宣、源朝臣齊宣、島津重豪、大信院殿栄翁如證大居士、皇考、島津久徳、代祭文、故従三位左近衛中将、薩隅日三州、琉球国、二月三日正寝死去、二月十日発霊柩、四月八日戊申、福昌寺、殯葬、仏式、法による帰国制限、祭祀、英明慈良、文武、綱常、建学設教、遺訓継承、手沢、孝思、尚饗
冊子頁
965~966頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(6)929~1076頁(天保4~天保6・花押集・文書・記事目録)・奥付.pdf