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追録7-No.2640記事旧記雑録暫定版・確認中

重豪薨ス、斉宣・斉興重豪ノ中陰法事ヲ修ス

天保4年正月~4月(薨去日本文正月25日。No.2641は15日)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2640

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

斉宣公御譜中に基づく重豪の病状・薨去と葬祭の記事。前年夏からの病が正月に重くなり、八日に白銀邸から高輪邸へ移って昼夜病床に付き添ったが、医薬に効験なく二十五日に高輪邸の正寝で薨じたと記す。幕府への報告は二月三日、十日に遺体が邸を発ち、四月五日に鹿児島福昌寺へ入り、八日に葬儀を行った。斉宣は江戸で告老しており、法制により国元の葬儀に従えず、一門島津内匠久徳を葬主の代理として祭文を献じさせた。重豪の木主を江戸の瑞聖寺に納め(斉宣公御譜の本文は「父公」)、斉興が二月十四日から十六日の中陰法事で祀り、斉宣も白銀五枚を同寺へ附し、家老格調所笑左衛門廣郷を焼香の代理とした。三十五日・四十九日、四月三日の百日法事も記す。本書の正月二十五日とNo.2641の十五日という薨去日の異同がある。

登場人物

島津重豪、島津斉宣、島津斉興、島津内匠久徳、調所笑左衛門廣郷

宛先

記載なし(病状・葬祭記事)

キーワード

島津重豪、島津斉宣、島津斉興、正月二十五日、正月十五日異同、白銀邸、高輪邸、薨去、幕府報告、福昌寺、瑞聖寺、久徳、木主、中陰法事、祭文、調所廣郷、白銀五枚、焼香代拝、百日法事

冊子頁

931頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(6)929~1076頁(天保4~天保6・花押集・文書・記事目録)・奥付.pdf