追録7-No.2603記事旧記雑録暫定版・確認中
中山王尚育幕府ニ使ヲ上ス
天保3年(本文。九月~十一月の使節記事)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2603
確認度高
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概要
尚育の謝恩使として豊見城王子を正使、澤紙親方を副使に立てた天保三年の記事。九月朔日に琉球使を送り、斉興は陸路、島津但馬久風らは船を監護したと記す。権崎で王子が病み十六日に没したため、尚育の命を伝えて宇治原親雲上を正使の豊見城王子とし、禄親雲上を謨議官に召した。宇治原には王子の弟善天、禄親雲上には官名変更と小禄の注がある。十七日に出帆、十月十一日に斉興が海田市で報告を受けて江戸へ急使を出し、十二日に国老猪飼央が半田嘉藤次齊を康任邸へ遣わした。十一月に琉球使が芝邸へ着いたと結ぶが、本文は「十一月日」で日を欠く。出典は近秘野帥斉興公。病没日はNo.2602の八月二十七日と異なるため、両記事の記載を分けて保持する。
登場人物
尚育、豊見城王子朝春、澤紙親方(原文)、島津斉興、島津但馬久風、宇治原親雲上、善天、禄親雲上、猪飼央、半田嘉藤次齊、松平康任
宛先
記載なし(使節往路記事)
キーワード
尚育、豊見城王子、朝春、澤紙親方、宇治原親雲上、善天、禄親雲上、島津斉興、島津久風、猪飼央、半田嘉藤次齊、松平康任、天保三年、謝恩使、病没日異同、使節交代、権崎、海田市、江戸、芝邸
冊子頁
916頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(5)698~928頁(文政7~天保3).pdf