追録7-No.2602記事旧記雑録暫定版・確認中
中山王尚育幕府ニ使ヲ上ス
天保3年の使節派遣~天保4年3月5日帰着(本文)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2602
確認度高
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概要
尚灝の隠居と尚育の継統により、天保三年に幕府へ謝恩使を派遣した記事。正使は豊見城王子朝春、副使は澤岻親方安度で、六月十三日に鹿児島へ着いた。朝春が八月二十七日に病没したため、普天間親雲上朝典を正使とし、斉興は島津但馬久風に両使を伴って江戸へ行くよう命じた。九月朔日に鹿児島を発ち、十一月十六日に江戸へ着く。閏十一月四日に登営、七日に暇を得て再び登営、九日に上野廟へ詣でる。十二月十三日に久風と江戸を発ち、翌天保四年三月五日に鹿児島へ帰着した。出典は斉興公御譜中。
登場人物
中山王尚灝、中山王尚育、豊見城王子朝春、澤岻親方安度、普天間親雲上朝典、島津斉興、島津但馬久風
宛先
記載なし(使節往還記事)
キーワード
尚灝、尚育、継統、謝恩使、豊見城朝春、澤岻安度、普天間朝典、島津斉興、島津久風、天保三年、朝春病没、正使代行、江戸、鹿児島、登営、閏十一月、上野廟、天保四年三月五日
冊子頁
916頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(5)698~928頁(文政7~天保3).pdf