追録7-No.248-1碑文・題記旧記雑録暫定版・確認中
田布施亀城荒神祠碑銘書
寛政6年正月(本文。碑銘作成)、天和2年・永正11年の回顧を含む/整理ID 旧記雑録追録7_文書0248-1
確認度高
この文書は暫定版です
現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。
概要
薩州田布施の邑金峰山麓の亀城と、城内の荒神祠を修めた由緒を記す碑銘。小石室は天和2年壬戌に邑人篠原佐左衛門政盈が建て、島津貴久の誕生地と記していたという。寛政6年正月に有司へ修祠・石欄設置を命じ、銀六百四十五銭を長生銭として邑吏に付け、祠事の資としたため、臣山本正公室に石へ事を記して傍らに建てさせたと述べる。貴久は日新公の子、母は薩摩守重久の娘で、永正11年5月5日に生まれたと記す。誕生舎の跡に後人が荒神祠を建て、祠から東南十五、六歩の亀石二つと、亀石から西二歩の日新公が植えたと伝わる古松を挙げる。貴久の生誕・国難平定とこの地の縁を讃え、祠を鎮護して遺跡を存し、石や松のように保つ旨の銘を結ぶ。
登場人物
島津貴久(大中公)、島津忠良(日新公)、島津氏(薩摩守重久の娘)、篠原佐左衛門政盈、山本正公室
宛先
独立宛名なし(碑銘)
キーワード
田布施、亀城、邑金峰、荒神祠、島津貴久誕生地、篠原政盈、天和二年、寛政六年修祠、石欄、銀六百四十五銭、長生銭、山本正公室、亀石、日新公古松、碑銘
冊子頁
75頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
原文を確認
(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf