追録7-No.2071記事旧記雑録暫定版・確認中
重豪不斷光院を再興す
文政8年9月3日~12月3日ほか(本文の年内記事)/整理ID 旧記雑録追録7_文書2071
確認度高
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概要
重豪が城下の不斷光院を旧制より拡張して再興し、寺班を福昌寺の次とした記事。住持明馨は源寿院住持園成と江戸で相談し、重豪の寿像を不斷光院に安置する許可を願い、仏工梶田武助が像を彫った。増上寺大僧正は国家鎮護・武運長久の法文を記し、重豪も実名・花押を添えた。九月三日に像が完成し、五日に増上寺の僧らが祈願、九日に高輪邸へ移し、十九日に園成が供奉して出発した。東海・中国・九州を経て十月二十九日に藩府へ着く。神殿未成の間は寿像を上の書院へ置き、十二月朔日に神殿が完成、三日に寿像を遷した。斉興は川上久芳を代理に遣わして拝礼し、一門以下や市人から石灯籠・金銀銭等の寄附もあった。
登場人物
島津重豪、明馨、源寿院住持園成、梶田武助、増上寺大僧正、島津斉興、川上久芳
宛先
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キーワード
島津重豪、不斷光院、再興、福昌寺、明馨、源寿院、園成、寿像、梶田武助、国家鎮護、武運長久、実名花押、高輪、供奉、神殿、川上久芳、寄附
冊子頁
734頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(5)698~928頁(文政7~天保3).pdf