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追録7-No.2記事旧記雑録暫定版・確認中

斉宣帰国シテ二丸ヲ造営ス

年月日未詳/整理ID 旧記雑録追録7_文書0002

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

島津斉宣の帰国と二丸造営の経緯を記す。天明7年、家老二階堂主計に造営を命じて11月25日に着工し、翌年8月24日に広間・書院等ができた。そのころ京都の大火で内裏・二条城が焼失し、斉宣には幕府から20万金の拠出を命じられるとの知らせがあり、国用不足のもとでの造営が問題となった。江府にいた重豪も国政を助け、斉宣と家老の協議により造営を継続したが、奢費を戒めて質撲を旨とするよう指示した。寛政2年正月2日に再起工し、翌年6月12日に落成、壬子年4月27日に島津若狭忠救を移徙の儀の代役としたと記す。

登場人物

島津斉宣、島津重豪、二階堂主計、島津若狭忠救

宛先

—

キーワード

島津斉宣、島津重豪、二階堂主計、二丸造営、京都大火、内裏、二条城、20万金、国用、質撲、移徙

冊子頁

1頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

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(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf