追録7-No.1895-4覚書旧記雑録暫定版・確認中
島津重豪日次記(桃次郎養子許可・改名案・当用金)
文政5年12月20・21・24日(末尾に朱年注)/整理ID 旧記雑録追録7_文書1895-4
確認度高
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概要
桃次郎の養子願から許可・改名・当用金に至る覚書。十二月二十日、備前守は翌二十一日四時に桃次郎と同道して登城するよう奉書で求められたが、桃次郎が風邪のため名代を出せるか照会し、名代不要との指図を留守居から受けた。願いどおり聟養子を命じられ、白書院縁頬の中列座で備中守から備前守と桃次郎へ達があったという。二十四日には許可により今後黒田の称号を名乗ると用人の使者が伝えた。実名案は長祥(ヨシ)・長傳(ノブ)・長國(クニ)で、詩経・書経の典拠、帰納杜・帰納徳、張紙の帰納の文字を添える。林家が選んだ案のうち長傳がよいとの申出に対し、こちらも支障・異存がないと返答する。備前守側から桃次郎の当用金五百両が届き、大野辨左衛門を使者、田上庄司を取次として授受し、返答を取り計らって伝えたと記す。
登場人物
嶋津桃次郎、松平備前守、松平豊後守、備中守、林家、大野辨左衛門、田上庄司
宛先
—
キーワード
養子許可、登城、四時、風邪、名代不要、白書院、縁頬、中列座、黒田、長祥、長傳、長國、林家、帰納、五百両、当用金
冊子頁
641頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(4)503~697頁(文化14~文政7).pdf