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追録7-No.1798記事旧記雑録暫定版・確認中

斉宣・松平定信の田安邸会宴の記事

文政4年4月23日(辛巳。前年11月からの招請経緯を含む)/整理ID 旧記雑録追録7_文書1798

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

斉宣公御譜の記事。文政四年辛巳4月23日、斉宣が招きに応じて田安邸へ赴いたと記す。前年庚辰11月、田安中納言斉匡が竹中定廬を遣わし、本文の田橋一位卿との親戚関係と、まだ招請の機会がなかったことに触れ、別日に招きたい旨を伝えた。田橋には一橋家の注がある。斉宣は謝意を述べ、定廬は帰った。翌年4月14日、定廬が再来し、21日に斉宣と樂翁を招きたいと告げる。16日には法眼一甫の書状が届き、客宴と一旦辞退して別日を求める事情を記す。20日の定廬の再報では翌日の招請予定を、登朝の都合で23日へ延期したとする。書状中の辞退・登朝に関する「卿」の具体的な指示対象は留保する。23日辰後に斉宣が田安邸へ出向き、樂翁も来た。邸内の景物と会宴の興を記し、後に示すため記を作ったとする。末注で樂翁を奥州白川侯松平越中守定信とし、老中を勤めて致仕後に樂翁と号し、多才博学で和歌に優れ、斉宣と交わりが深いと記す。斉宣の座右の筐中には樂翁の詠歌数首を収めるとし、宗高謹誌と結ぶ。

登場人物

島津斉宣、田安中納言斉匡、竹中定廬、法眼一甫、樂翁(松平越中守定信と末注)、田橋一位卿(本文、一橋家の注)、宗高(謹誌)

宛先

記事(書状の宛先なし)

キーワード

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冊子頁

600~601頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(4)503~697頁(文化14~文政7).pdf