島津斉興届書(介助辞退・1751の2)
文政3年(配列による。本文は「月」のみ)/整理ID 旧記雑録追録7_文書1751-2
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概要
斉興が、榮翁の国政介助辞退と今後の心添えを届ける文書。榮翁が天明七年未に隠居を願い、国政筋は病中に介助する心得を申し上げ、その後溪山へ政事を任せた経緯を述べる。文化六年巳に溪山が隠居して斉興へ家督を命じられてからも、榮翁は介助を続けた。次第に気力が衰え近年は病身となり、これ以上の介助が思い通りにならないとする。昨年の御目見時の重い上意を恐れ入って承るが、行き届かないため今回介助を辞退し、重要な事柄にはなお心添えすると述べているので、その旨を聞き置くよう求める。末尾は「月」のみ、松平豊後守署に斉興の注を付す。前の包にあるとの注がある。添えられた朱書は、両通を8月10日に留守居早川千竃が阿部備中守の勝手へ持参し、用人阿部小助を通じて先例のない届として内見・吟味を求め、先預りとなった経緯を記す。13日の呼出しでは太守の届書も添えるよう求められ、同日附で差し出すよう内分に伝えて取計い、備中守の落手を小助から聞いたとする。本文の日付と朱書の提出経緯を分け、次のNo.1752の首尾書も併読する。
登場人物
松平豊後守(島津斉興)、同氏榮翁(島津重豪)、同氏溪山(島津斉宣)、早川千竃(朱書)、阿部備中守(朱書)、阿部小助(朱書)
宛先
本文に宛先記載なし
キーワード
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冊子頁
581~582頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
(4)503~697頁(文化14~文政7).pdf