追録7-No.1694記事旧記雑録暫定版・確認中
重豪公御譜記事(登城・御目見と名代御礼)
文政2年5月28日願状・6月7日登城(年は目録・前後記事)/整理ID 旧記雑録追録7_文書1694
確認度高
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概要
重豪公御譜中の記事。この夏五月、重豪の病気が癒え、登城を願い出られる旨の命が老中から伝えられ、二十八日に願状を出し、付札で許されたと記す。六月七日、染帷子・十徳を着て登城し、大廊下下の休息所へ入った。鎖口から小笠原近江守貞温が先導し、御座の間で大樹家斉公と儲君家慶公へ御目見し、青山下野守忠裕が奏者となった。将軍の懇ろな言葉を受けて休息所へ戻り、黒鷲杉戸前の老中列座で謝恩した。この日、脇坂中務大輔安董が重豪の名代として本丸・西丸の老中へ謝恩したとする。願状提出・許可と登城・御目見・謝恩の実施を分ける。年は目録・前後記事の文政二年による。
登場人物
島津重豪、徳川家斉、徳川家慶、小笠原近江守貞温、青山下野守忠裕、脇坂中務大輔安董
宛先
宛名なし
キーワード
重豪公御譜五月病癒老中命二十八願状付札許六月七登城染帷子十徳大廊下休息所鎖口小笠原近江貞温御座間大樹家斉儲君家慶奏者青山忠裕懇詞黒鷲杉戸老中謝恩脇坂中務安董名代本丸西丸御礼
冊子頁
561頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(4)503~697頁(文化14~文政7).pdf