重豪帰国ス
寛政4年8月5日~12月1日(本文の願い・帰国・謝恩の経緯。年次は目録)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0119
現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。
概要
重豪の帰国許可、療養を含む道中、帰府後の謝恩を記す記事。8月5日、斉宣は父・上総介が藩内温泉で入浴して脚の宿病は軽快したものの再発の苦しみがあるため、9月初旬から江戸を発ち帰国療養する期限の猶予を願う。17日に斉宣が奉書で召され、白書院廂下で老中松平伊豆守信明から重豪の帰国許可と道服三領の下賜を伝えられた。23日には庶子雄五郎を伴う帰国も認められ、25日に重豪の年寄女子が召され、老女を介して将軍が着用した道服一領を重ねて賜る。9月1日に重豪は雄五郎と芝邸を発ち、矢野清香・本城輝承・愛甲兼盛らが従う。9月8日に浜松へ宿し、翌日の風雨で1日滞留した後、10日に今切を渡り三州赤坂へ宿した。15日に伏見へ入り2日留まり、18日に川を下って大坂へ着き3日滞在、22日に大坂を発って山陽道を進み、10月6日に長州吉田、翌日に豊前小倉へ至る。筑肥の数駅を経て14日に日奈久から船で薩摩の米之津へ入り、16日に出水を発ち、阿久根、向田、苗代川を通り22日に府城二丸へ到着したとする。阿久根と向田には各2日、苗代川には1日滞留した。謝恩のため谷村孫右衛門純章を遣わし、11月24日に江都芝邸へ着き、12月1日に登営して白書院で将軍に拝謁したと記す。縮緬五巻、干鯛・昆布各一籠、樽一荷を献じ、水野壱岐守忠韶が口上を伝えた。谷村自身も太刀一腰・紗綾二巻・馬代銀一枚を献じ、その他の贈賜は天明丁未の例に同じとする。
登場人物
島津重豪、島津斉宣、徳川家斉(大家)、松平信明(伊豆守)、島津忠厚(雄五郎)、重豪の年寄女子、老女、矢野清香(男吏)、本城輝承(源七郎)、愛甲兼盛(蔵記)、谷村純章(孫右衛門)、水野忠韶(壱岐守)
宛先
—
キーワード
島津重豪、島津斉宣、帰国療養、宿病脚疾、入浴、期限猶予、松平信明、帰国許可、道服三領、雄五郎、芝邸発、東海道、山陽道、日奈久航海、米之津、府城二丸、谷村純章、謝恩使者、白書院、献上品、水野忠韶
冊子頁
37頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf