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追録7-No.1164記事旧記雑録暫定版・確認中

重豪御譜(有馬五日入湯と京都・大津・膳所経由帰府)

文化8年7月願・許可。9月15日江府発、10月有馬・京都、11月4日高輪帰着/整理ID 旧記雑録追録7_文書1164

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

重豪は近年江府で宿疾を患い、今茲秋7月、斉興が重豪のため摂州有馬温泉での湯治を願い、大家が許した。9月15日江府を発ち、21日信州善光寺に詣でる。10月7日大坂着、4日滞坂し、10日大坂を発って有馬に至り温泉に浴したが僅か5日と記す。14日有馬を去り翌日伏見、16日宇治萬福寺で拝礼、17日京都着、中馬利兵衛宅に主して憩い、19日近衛内大臣基前公を訪ねた。20日微行で綾小路前中納言俊資卿・堤三位廣長卿の家へ行く。21日京師を去り、大津石場から船で松湖を渡り、江州膳所城主本多下総守康禎の邸を過ぎ、東海道の各駅を経て11月4日江府高輪邸へ戻る。康禎の邸には瓦第・近侍に関する割書注がある。許可・出発・入湯・各参詣訪問・帰府を別々に記し、1161/1162の三廻御暇と本件僅五日入湯を黙って一致させない。

登場人物

重豪、斉興、大家、中馬利兵衛、近衛内大臣基前公、綾小路前中納言俊資卿、堤三位廣長卿、本多下総守康禎

宛先

独立宛名なし(重豪公御譜中)

キーワード

七月斉興願有馬大家許、九月十五江府発廿一善光寺、十月七大坂四日十有馬僅五日十四発十五伏見十六萬福寺十七京中馬利兵衛、十九近衛基前廿綾小路俊資堤廣長、廿一京発大津石場松湖膳所本多康禎東海道、十一月四高輪帰府

冊子頁

372頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

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(3)347~502頁(文化7~文化13).pdf