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追録7-No.112記事旧記雑録暫定版・確認中

斉宣、重豪居館ノ二丸ヲ建築ス

寛政4年4月27日(移徒の儀。天明7年以降の建築経緯を含む)/整理ID 旧記雑録追録7_文書0112

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

島津斉宣が父・重豪の在国中の居館として二丸を建築した経緯を記す記事。天明7年に家老二階堂主計行旦を工事の惣宰に命じ、11月に着工し、翌年8月24日までに広間・書院などが粗成したとする。その後、京都の大火で大内と二條城が焼け、幕府の再建費が大きかったため、斉宣は献金を願い出て許され、20万金を納めた。これにより父の居館工事を続ける費用が足りず、二丸の工事を停止したと説明する。重豪が帰国して進捗を見た際、斉宣が事情を述べて許しを請うと、重豪はこれを認め、営造を検素にして華奢を求めないよう示した。寛政2年正月2日に再着工し、3年6月12日には室内の完成を記し、4年4月27日に一門の島津若狭忠救が移徒の儀を代行したとする。

登場人物

島津斉宣、島津重豪、二階堂行旦(主計)、島津忠救(若狭)、家老

宛先

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キーワード

島津斉宣、島津重豪、二丸、在国居館、二階堂行旦、惣宰、天明七年着工、京都大火、大内、二條城、献金二十万、工事停止、検素、再着工、島津忠救、移徒

冊子頁

34頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

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(1)例言・目次・本文1~151頁(寛政2~寛政9).pdf