追録7-No.無番号_0142その他文書旧記雑録暫定版・確認中
島津久福祭文
天保4年4月の葬礼時(日未記載、本文に戊申の葬の記述)/整理ID 旧記雑録追録7_文書無番号_0142
確認度高
この文書は暫定版です
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概要
No.2704の附属資料「の12」、島津杢久福が献じた祭文。重豪が二月三日に東武高輪邸で死去し、霊柩を国元へ戻し、四月戊申日に福昌寺へ葬ったと、祭文の経過を記す。執事が霊柩を奉じ、公族が葬礼に従う際、世臣藤原久福が薄い供えを献じて霊へ告げる。本文注は佐多家とする。韻文は世の英雄、治績と教化、礼譲、宗廟の尊厳、学校と人材育成、三品と九十の寿を讃え、恩義と幕府との婚姻に触れる。死を山の崩壊と木の傾き、風・露、親を失う悲しみに譬え、霊車・花・月と残る遺範を追慕する。孫の謀に触れ、供えを奉じて行き「尚饗」と結ぶ。二月三日の死去と戊申の葬は祭文の叙述として保持し、献祭当日を数値の日付へ補わない。讃辞、哀痛、供物を献じる行為を分けて整理する。
登場人物
臣藤原久福(島津杢久福・佐多家)、大信院殿栄翁如證大居士(島津重豪)
宛先
大信公の霊(島津重豪)
キーワード
2704の12、無番号0142、島津久福、島津杢、藤原久福、佐多家、島津重豪、二月三日死去の叙述、四月戊申葬、福昌寺、執事、公族、葬礼、祭文、教化、礼譲、宗廟、学校、三品、九十の寿の讃辞、幕府婚姻、遺範、孫謀、尚饗
冊子頁
978~979頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(6)929~1076頁(天保4~天保6・花押集・文書・記事目録)・奥付.pdf