← 検索結果へ戻る
追録7-No.無番号_0135その他文書旧記雑録暫定版・確認中

島津貴典祭文

天保4年4月の中陰日(日未記載、本文に8日の葬の記述)/整理ID 旧記雑録追録7_文書無番号_0135

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

No.2704の附属資料「の5」、島津讃岐貴典が献じた祭文。国主重豪の不調と医療の効験がないことを嘆き、二月初三日に東武で死去したと述べる。千里を隔てて霊柩が国元へ戻り、四月初八日に仏式で葬って福昌寺に奉安されたと、祭文の経過を記す。中陰の日、族臣藤原貴典が悲哀に堪えず、領地の心翁禅寺の僧侶に福昌寺玉龍宝殿で供えを備えさせ、尊霊へ告げる。貴典には垂水家との本文注がある。韻文は帝者の裔、三品、徳の三州への広がり、文武と仁教、温柔・治政を讃え、終わった春秋、泉路と霊車、国主への恩徳を返せない思いを嘆く。帰依・流水・夢・遠い城闕を詠み、供えの誠と神の霊を願って「尚饗」と結ぶ。祭文の語り手、供えを準備する僧侶、過去の葬の日と中陰の祭祀日を区別し、文中の死去日も表向きの叙述として保持する。

登場人物

族臣藤原貴典(島津讃岐貴典・垂水家)、国君大信院殿栄翁如證大居士(島津重豪)、心翁禅寺の僧侶(本文表記)

宛先

尊霊(島津重豪)

キーワード

2704の5、無番号0135、島津貴典、島津讃岐、藤原貴典、垂水家、島津重豪、二月初三日死去の叙述、四月初八日葬、福昌寺、玉龍宝殿、中陰日、心翁禅寺、僧侶、祭文、帝者裔、三品、仁教、治政、春秋、恩徳、泉路、霊車、帰依、神霊、尚饗

冊子頁

974頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(6)929~1076頁(天保4~天保6・花押集・文書・記事目録)・奥付.pdf