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追録6-No.985記事旧記雑録暫定版・確認中

浄岸院遺骸の伏見・大坂・薩州への送葬と玉龍山埋葬

安永二年正月八日~二月二十四日の送葬記事/原整理番号 985/整理ID 985

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

重豪公御譜中に記された浄岸院の送葬と埋葬の記事。安永二年癸巳正月八日に遺骸が伏見へ着き、十日に大坂へ到着、一日滞在して十二日に大坂を発し、二月四日に豊前州大里へ到着した。先に派遣された一族島津左衛門久健と寺社奉行伊勢兵部貞矩が藩府から大里へ出向いて棺を迎え、両名が随行した。同月十五日に薩州出水へ着き、十九日未刻に領内の福昌寺へ入り、輿を御所の間へ安置した。二十日夜に入棺し、二十四日夜に葬礼を行い、棺を客殿へ移して法筵を開いた。懿親の島津備前貴儔が重豪に代わって焼香し、その後霊柩を葬場へ出し、貴儔が神主を奉じて、儀礼を整えた。玉龍山上へ葬り、廟を建て、その壮麗さは他の廟に比べようがないと結ぶ。到着・安置・入棺・葬礼・埋葬を、それぞれの記事の日付に沿って記録する。

登場人物

浄岸院、島津重豪、島津左衛門久健、寺社奉行伊勢兵部貞矩、島津備前貴儔

宛先

記事のため独立宛書なし

キーワード

遺骸移送、迎棺、安置、葬礼、代焼香、埋葬・建廟

冊子頁

352頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

原文を確認

(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf