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追録6-No.976-14系譜旧記雑録暫定版・確認中

浄岸院の出生・養姫・婚姻と逝去・薩州への葬送履歴

履歴記事(逝去は安永元年壬辰十二月五日、出棺は同月二十日)/原整理番号 976の14/整理ID 976-14

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

浄岸院の出生から養姫・婚姻、家族の事蹟、逝去と葬送をまとめた履歴。宝永二年乙酉二月十九日、京都で千代姫として生まれ、実父は清閑寺前大納言熙定、母は「家之女房」で後に玉勝院と称した。四歳で江府へ下り、宝永五年戊子七月二十五日、御台の願いによって常憲院の養姫となり竹姫と称する。享保十四年己酉六月四日に継豊との縁組が命じられ、同年十二月十一日に婚姻が整った。嫡子盆之助を独子とし、享保十八年癸丑五月朔日に女子菊姫が出生、宝暦五年乙亥十二月七日に筑前国主の嫡松平修理大夫重政へ嫁いだと記す。続いて宝暦十一年辛巳十二月四日の女子屋世姫出生と、十一歳の明和八年辛卯八月十日の早世を記すが、この女子の母は明示しない。重政が宝暦十二年壬午七月十四日に死去した後、菊姫は髪を卸して真含院と称し、継豊が宝暦十年庚辰九月十日に死去した後、竹姫は髪を卸して浄岸院と称した。六十八歳の安永元年壬辰十二月五日辰刻、芝の御守殿で逝去し、法号を浄岸院殿信譽清仁祐光大禅定尼とする。同月二十日卯上刻に御守殿から出棺し、薩州福昌寺へ送葬する。供は家老島津左中、側用人西恰之助、近習役薬丸猪右衛門、留守居有川勇馬、使番大野清大夫、御守殿添用達川上頼兵衛、中通目付伊東三左衛門、表目付平田主右衛門ほか、鎖口添番・医師・馬廻・新番・歩行の者が段々に命じられた。公儀の留守居番織田図書も国元まで遣わされるよう命じられたと結ぶ。

登場人物

浄岸院(千代姫・竹姫)、清閑寺熙定、玉勝院、常憲院、御台、島津継豊、盆之助(恭徳院注)、菊姫(真含院)、松平修理大夫重政(黒田注)、屋世姫、島津左中、西恰之助、薬丸猪右衛門、有川勇馬、大野清大夫、川上頼兵衛、伊東三左衛門、平田主右衛門、織田図書

宛先

履歴記事のため独立宛書なし

キーワード

出生・養姫・婚姻履歴、女子の事蹟、剃髪、逝去、葬送と供役

冊子頁

350頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

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(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf