有川貞厚留守居首尾書
明和八年七月八日/原整理番号 763/整理ID 763
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概要
信解院の去月八日の死去についての書付一通と、信證院が死去した際の届出の例書一通を掲げ、当朝の取次の首尾を報告する。まず松平右近将監方の公用人佐々木と面談し、淨國院(吉貴)の妹が先月八日に死去したが忌服はない件を届けるべきか尋ねた。信解院は享保二年に国元へ下向し、その後の伊勢参宮も太守から願い出ており、名が幕府へ伝えられていた方であること、先年の信證院の死去には忌服がなくても届けたことを述べ、例書で判断を求めた。例書を持参すれば内見させ、届書を提出してよいとする返答があり、書付・例書を内見したうえで用番へ例書を添え、都合のよいときに提出するよう伝えられた。続いて右近将監方からそのまま御用番板倉佐渡守方へ赴き、公用人酒井数馬に届出の次第を述べ、書付と例書を渡した。提出してよいとの返答があり、両通を受け取ったと酒井数馬から承知した。さらに佐渡守方から松平隠岐守方へ行き、留守居久左衛門と面談した。信解院の病状は当初軽かったが急変して養生が叶わず六月八日夜五時に死去したこと、老体で大暑でもあり養生や見舞いなどの配慮をしたが及ばなかったことを伝え、太守の悔やみの口上を述べた。隠岐守方も当初軽い病と聞いた後に急変・死去を知り、残念としたと返答し、今日用番へ届ける旨も承知した。途中から申し送られた説明を詳しく書きとめて久左衛門に渡したこと、松平豊丸・蓮壽院・於鐵の各方へも太守の悔やみの口上を伝えるよう久左衛門へ申し置いたことを記す。七月八日付、年は明和八年の朱注、有川勇馬の署と矢柄様宛を備え、それぞれ貞厚・島津久籌の注を伴う。写で、控の正文は家老座にある。
登場人物
留守居有川勇馬(貞厚注)、矢柄(島津久籌注)、松平右近将監、取次公用人佐々木丑蔵(名の字形留保)、御用番板倉佐渡守、取次公用人酒井数馬、松平隠岐守、取次留守居久左衛門、信解院、信證院、淨國院(吉貴注)、太守、松平豊丸、蓮壽院、於鐵
宛先
矢柄様(島津久籌注)
キーワード
信解院死去書付一通信證院届前例一通、右近将監公用人面談・忌服なし届可否、享保2下向伊勢参宮・幕府上申名、例書内見、板倉用番公用酒井数馬へ二通提出受取、隠岐守留守居久左衛門面談・病軽急変六月8夜五時死去、太守悔口上、豊丸蓮壽院於鐵への伝達、七月8勇馬貞厚署久籌矢柄宛
冊子頁
288~289~290頁
読込量
大
面白さ
★★★★★
(2)173~309頁(明和4~明和8).pdf