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追録6-No.370記事旧記雑録暫定版・確認中

重豪、帰国シ礼使ヲ上ス

明和四年(四月帰国出発~九月礼使復命)/原整理番号 370/整理ID 370

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

同月二十一日に芝邸を出て帰国し、家老高橋此面種寿、側用人山岡齋宮久澄・二階堂蔀行旦・関山新左衛門金郷、近習役川上龍衛親方らが同行した。東山道を経て五月七日に伏見、十日に舟で大坂、十三日に大坂を発ち播磨路を取り十六日に坂越へ至り、同日舟で諸港を経る。二十四日に日州細島へ着いたが風雨と満水で通津できず滞船し、二十九日に上陸した。六月朔日に佐土原で島津淡路守久柄の先駆けによる迎えを受け、二日に高岡へ宿泊。三日高岡を発ち香積寺で梅を見て三字を親書し寺僧へ与え、寺は後に龍福寺と同額を与えられたという小字注がある。同日諸県郡高城へ宿泊し翌朝出発、都之城の島津鐵熊の家へ入る。鐵熊は幼沖のため族の北郷權五郎久富が迎接し、各人への贈答には差があった。福山を経て六月六日に麑城へ帰着し、即日小松仙十郎清行を使者に命じて帰国の恩に謝する書を授けた。清行は薩府を出て七月九日に芝邸へ至り、十一日に月番松平康福・板倉勝清の連署の指示を受け、二十八日に登城した。白書院で先格の献物を備えて家治公へ拝礼し、改めて贄を執って拝謁し、西営の三槍之間で重ねて礼使の礼を行い、板倉勝清・土井利里へも拝謁する。八月五日に再び登城を求められ、阿部豊後守正允から三槍之間で奉書を受け、大家から清行へ賜った巻物を拝戴した。同日勝清の邸でも奉書を受け、使事を終えて八月十一日に江府を発ち、同年九月二十一日に本府へ戻り復命した。

登場人物

重豪、高橋此面種寿、山岡齋宮久澄、二階堂蔀行旦、関山新左衛門金郷、川上龍衛親方、島津淡路守久柄、島津鐵熊、北郷權五郎久富、小松仙十郎清行、松平周防守康福、板倉佐渡守勝清、家治公、土井大炊頭利里、阿部豊後守正允

宛先

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キーワード

帰国同行役、東山道・海路、細島風雨満水滞船、佐土原迎接、香積寺親書、鐵熊幼沖・久富迎接、麑城帰着、清行礼使、七月二十八日登城、白書院・西営三槍之間、八月再登城、奉書受領・巻物拝戴、九月復命

冊子頁

158~159頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

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(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf