高橋種寿書状
明和三年十月廿八日/原整理番号 344/整理ID 344
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概要
高橋此面が、太守の側に召し仕える女性を求める経緯を五名へ内々に報じる。太守は国元で妾を召し仕えず、子の早い誕生が肝要とする。去年江戸発駕前、淨岸院の意向を受けて国元で伺ったが、太守の思召により取り止めていた。当七月、淨岸院から家及び家中上下の安心のため、御前にも追々めでたいことはあり得るが国元での子の出生が肝要、江戸での召仕いは無用という意向があり、川井を介して御前へ伝えた。奥向に養子沙汰の風説があることを不都合とし、太守へ内々に申し上げ、国元での召仕い・子の出生の話を御守殿へ伝える。御前側から紹介する人をめぐる話や、御守殿上臈が太守の意に入れば国元へ進める案を記す。留守居から瀬尾・中嶋を介して甘露寺家へ申し込み、当月十五日に京都を出立して来月十日頃に出府する積りと知らせたが、遅延・差障の話があり、大番目付玉利半助も出府を催促している。眞含院方へ田沼能登守を介して頼む別案、御前・八重崎から二階堂蔀が承知し家老中へも伝える話、病気による長期暇願等の事情を述べる。去年から京都へ内談照会し、甘露寺前大納言の娘を蘭橋方の由緒によって部屋に客人分として置く案を御守殿へ申し上げた。しかし太守はいずれにも合点せず、当分は奥向に置かず、出府後に意に入れば国元へ進めることとし、相応の部屋を立てるには及ばないという。詳細は別紙で追って知らせ、まず荒増を報告する。十月廿八日付、高橋此面署、五名宛。年は明和三年の朱注で、重豪公御譜中、扣正文は家老座にあると記す。
登場人物
高橋此面(種寿)、太守、御前、淨岸院、御守殿、川井、八重崎、二階堂蔀、瀬尾、中嶋、玉利半助、甘露寺前大納言の娘、蘭橋、眞含院(継豊女・菊姫の注)、田沼能登守
宛先
島津左中、樺山左京、菱刈藤馬、島津主鈴、島津仲(原宛記)
キーワード
国元での子の出生、妾召仕い内談、養子沙汰の風説、淨岸院意向、御守殿上臈、甘露寺家への取次、京都出立・出府予定、玉利半助催促、客人分、太守思召、別紙後報
冊子頁
147~148~149頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf