重豪の参府御礼・家基の元服叙任祝賀の記事
明和三年四月五日・七日・十八日・廿二日(記事内日付)/原整理番号 294/整理ID 294
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概要
同年四月五日、上使松平康福が芝第に来て参府を慰労した記事。二十二日には指示を受けて先格の献上物を差し上げ、家治に拝謁して懇旨を賜った。続いて西営でも献上し、退出後は老中各邸へ赴いて拜謝した。同行家老二人も先例どおり拝謁するはずだったが、高橋此面種寿が病気で参上できず、川田伊織国福だけが拝謁したとの注がある。続く条は四月七日に儲君が元服して従二位に叙され、大納言に任じられ、十八日に将軍が諸侯の朝賀を受けたと記す。重豪は、朝覲は済んでもまだ礼を行っていなかったとして、用人新納次郎四郎久儔を城へ遣わし、家治へ太刀一腰・馬代金一枚を献じた。側用人仁礼仲右衛門仲古を介して御臺へ同品、側用人山岡斎宮久澄を介して大納言へ白銀五枚及び一種を献じた。夫人も女使を遣わし、将軍・御臺へ各一種、大納言へ一種三百匹を献じ、元服叙任を祝賀した。同日、将軍は伊丹兵庫頭を芝邸へ遣わし、浄岸院主に二種一荷を賜った。御臺も同じく二種一荷、大納言は三種二荷を賜り、重豪は書簡で拝賜の恩を謝した。重豪公御譜中に収められる。
登場人物
島津重豪、松平康福(上使)、徳川家治、家基(儲君・大納言)、御臺、川田国福(伊織)、高橋種寿(此面)、新納久儔(次郎四郎)、仁礼仲古(仲右衛門)、山岡久澄(斎宮)、夫人(名なし)、伊丹兵庫頭、浄岸院主
宛先
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キーワード
参府慰労、四月五日、四月廿二日拝謁、家老二人の先例、種寿病欠、国福拝謁、四月七日元服、従二位、大納言、四月十八日朝賀、太刀一腰、馬代金一枚、御臺同品、白銀五枚及一種、一種三百匹、二種一荷、三種二荷、謝恩
冊子頁
129頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf