追録6-No.2685記事旧記雑録暫定版・確認中
重豪と雄五郎の江戸行程、到着の挨拶と病中の代理献上を記す
天明七年九月朔日~十月以後(年は編年による。末尾の同四日の月は不記)/原整理番号 2685/整理ID 2685
確認度中
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概要
九月朔日、重豪が雄五郎を伴って本府を発ち江戸へ向かい、家老市田貞英・側用人矢野清香ほか諸役が同行したと記す。四日に出水米之津から乗船して肥州日奈久へ渡り、以後は九州の陸路を進んで十四日に豊前小倉、翌日に長州赤間関へ到着した。晴天で波も静かなため再び船に乗り、二十一日に播州室津へ至って一日滞在し、そこから中国の陸路を取り、二十八日に大坂へ着いて五日滞在した。十月三日に大坂から川を遡り、翌日伏見に着いて四日滞在、九日に出発して東海道を経て二十七日に江戸へ到着した。同日留守居を老中邸へ送り、重豪と雄五郎の到着を報じた。二十九日、将軍は阿部正倫を芝邸へ遣わして参府を労ったが、重豪に病気があったため斉宣が代わって送迎の礼を行った。同日には老中邸で謝礼し、さらに留守居を若年寄邸へ、表方使者を側衆邸へ遣わして謝礼した。晦日に老中奉書で翌日の登城と参府御礼を命じられたが、病気が癒えず登城できなかった。その後、本文に同四日と記す日に番頭島津矢柄久宅を本丸へ遣わし、太刀一腰・白銀三十枚・縮緬十巻を将軍へ献じて到着の御礼とした。
登場人物
島津重豪、島津雄五郎(忠厚)、市田勘解由貞英、矢野男吏清香、島津斉宣、阿部伊勢守正倫、島津矢柄久宅、留守居、若年寄、側衆、将軍
宛先
記録記事(宛所の記載なし)
キーワード
重豪参府、雄五郎、同行家老、出水米之津、日奈久、小倉、赤間関、室津、大坂、伏見、東海道、江戸、阿部正倫、斉宣代礼、病中、太刀一腰、白銀三十枚、縮緬十巻
冊子頁
997・998頁
読込量
小
面白さ
★★★★☆
原文を確認
(7)926~1054頁(天明7~寛政元).pdf