重豪の療養帰国許可と羽織拝領・謝礼・各所通知を家老らへ報告する
天明七年三月二日(年は朱書。前月二十七日の許可を報告)/原整理番号 2588/整理ID 2588
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概要
中将が隠居後も持病がすぐれず、国許の温泉での入湯と仕置の補佐のため、およそ一年の暇を願い、許可されれば三月中に体調次第で出立したいとの願書を太守が差し出した件は前便で知らせたと述べ、その後を報告する。前月二十七日、用件があるため四時に登城するよう命じる老中連名の奉書が前日に到来し、請けを伝えた。当日五半時に太守が登城し、奏者と会って儀礼の手順を習った後、白書院縁頬の鯉の杉戸に寄り、井伊掃部頭と老中列席のもと、御用番水野出羽守から中将の国許への暇を願いどおり許す旨と拝領物の伝達を受けた。書付を直接受け、礼を述べ、羽織三領を頂戴し、重ねて礼をして退城した。直ちに桜田屋敷に入り、大老方へ回勤して中将の謝礼口上を伝え、若年寄へは留守居を、御側衆へは両殿から表方の使者を遣わして礼を伝えた。一橋・御三家をはじめ一門へ通知し、京都所司代・大坂城代へは太守から当日の便で書状を送り、近衛その他への通知は留守居へ申し付けた。内証からは御縁女へ太守・中将それぞれの文で謝礼し、種姫へは上様への文の中に内書を入れて礼を述べた。中将から明姫へは側役の文で通知し、鏡松院・於千万へも文を送った。長崎奉行・隣国・佐土原への知らせは先例どおり扱うとする。当日の月次礼に列した面々は席上で両殿へ祝儀を述べ、従来大奥へ祝儀を申し上げる者は通常どおり申し上げた。国元の祝詞も相談して取り計らい、明姫方の女中衆へも知らせるよう求める。願いどおりの許可と拝領を重ねて喜び、自分たちの祝詞は後の使便で述べるとして、交付書付の写し二通と留守居書付一通を添える。三月二日、島津登・市田勘解由・島津伊賀が連署し、国元の五名へ送る。
登場人物
島津伊賀(久金)、市田勘解由、島津登、中将(重豪)、太守(斉宣)、水野出羽守、井伊掃部頭、若年寄、御側衆、一橋・御三家・一門、京都所司代、大坂城代、近衛、御縁女、種姫、明姫、鏡松院、於千万、喜入安房、川上頼母、嶋津仲、二階堂主計、宮之原主膳
宛先
喜入安房殿・川上頼母殿・嶋津仲殿・二階堂主計殿・宮之原主膳殿
キーワード
療養帰国、暇、許可、登城、白書院、羽織三領、謝礼、回勤、通知、添付書付
冊子頁
950~951頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
(7)926~1054頁(天明7~寛政元).pdf