襲封謝恩の登城と父重豪を招く祝宴、帰国許可と父の祝宴を記す
天明七年二月十四日・十五日・十九日・二十日・二十七日・二十八日(十八日願書・二十六日奉書を回顧)/原整理番号 2581/整理ID 2581
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概要
二月十四日に老中奉書を受け、翌十五日斉宣は斗目・長袴で登城し、白書院で家斉に謁して襲封の恩を謝したと記す。奏者番は稲葉丹後守で、太刀一腰と美濃国兼定の刀一腰を献じ、父重豪の隠居謝恩については父公譜に詳しいとする。十九日には袖留を祝い、父を休息所へ迎え、二汁五菜の料理と酒宴を設け、献酬したと記す。二十日には将軍への初見・首服・隠居・家督の諸慶事を合わせて祝う宴を開き、父を迎えて二汁五菜の料理・酒宴と猿楽を催した。島津伊賀久金を使者に父へ太刀・金馬代一枚・縮緬二十巻・三種二荷を献じ、さらに市田勘解由貞英を使者として太刀・金馬代一枚・二種一荷を献じたと記し、家老や奥向の役人にも祝品を贈った。宗高の按語は二使それぞれの献上理由は不詳とし、別々の慶事への祝いではないかと推測する。二十七日の条は、十八日に父の帰国・温泉療養と中国政の親視を願い、二十六日の老中奉書で斉宣が召された経緯を記す。当日白書院で大老・老中列座のもと重豪帰国を許され、羽織三領を賜り、斉宣は父に代わって受け、退出後大老・老中各邸で謝恩した。翌日、父が隠居を祝い、斉宣を縁亭へ招いて二汁七菜の料理と酒宴を設け、酬酢の後、斉宣は肴一折・樽一荷を献じて祝った。
登場人物
島津斉宣、島津重豪、徳川家斉、稲葉丹後守、島津伊賀久金、市田勘解由貞英、大老、老中、家老、奥向有司、宗高
宛先
記事(宛先なし)
キーワード
襲封、謝恩、登城、袖留、首服、祝宴、猿楽、帰国許可、羽織、宗高按語
冊子頁
947~948頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
(7)926~1054頁(天明7~寛政元).pdf