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追録6-No.2430記事旧記雑録暫定版・確認中

家治の薨去・葬儀・遺物拝領と琉球国王弔書の往復を記す

天明六年八月~十二月/原整理番号 2430/整理ID 2430

確認度中
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概要

家治は八月中旬に発病し、九月八日に江戸城本丸で五十歳で薨去した。重豪は登城して家斉の本丸移転を知らされ、家治が寛永寺に葬られ浚明院と号し、正一位太政大臣を贈られた経過を記す。重豪は遺物の脇差と金を拝領して謝恩し、琉球国王尚穆からの弔書を幕府へ差し出して老中連署の返書を得、阿波根親方が琉球へ持ち帰った。

登場人物

島津重豪、徳川家治、徳川家斉、太田資愛、柳生俊則、阿波根親方、琉球国王尚穆、島津斉宣

宛先

—

キーワード

徳川家治、薨去、徳川家斉、本丸、寛永寺、浚明院、正一位太政大臣、遺物拝領、脇差、太田資愛、琉球国王尚穆、弔書、阿波根親方、島津斉宣

冊子頁

877~878頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(6)768~925頁(天明4~天明7).pdf