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追録6-No.216覚書旧記雑録暫定版・確認中

藩主在国年頭規式覚書

明和二年乙酉九月廿五日(朱注)/原整理番号 216/整理ID 216

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

藩主が着城した時の年頭御礼を受ける規式について、古帳と記録奉行への照会で先例を調べた覚書。古帳は断片的で、古来の作法を定めた記録や書留は見当たらないとする。宝永元年、大玄院(綱貴)の家督中に浄国院(吉貴)が着城して諸地頭の年頭太刀を受け、同年七月十一日に二日組の諸士の御目見を命じた記録を挙げる。宝永二年九月朔日の着城・同月十日の年頭御礼、宝永四年九月朔日の同様の御受と諸士の節句日御目見、宝永六年八月十三日の外城衆御目見の指示を列記する。ただし最後の実施の跡はなく、外城寺院衆の年頭拝謁を命じたのもこの時かとする。嶋津将監から年首の礼をその後も漏れなく行うと聞いたこと、正徳五年八月晦日着城時に諸地頭の納太刀を命じたこと、山田新助らの持参太刀と享保十八年の同類例を挙げる。浄国院から当代まで帰着時の御受の筋はあるが、近代の年頭御礼の順序とは並ばないともいう。去る未九月の在府時には、江戸詰家老・家格ある者の太刀進上、目付以上等の初月次御礼、当国の寺院・組中諸士・外城衆の登城祝儀などを行い、祝儀帳を江戸へ送った。着城時の一門・役人・諸地頭・家筋付・町人等の御目見が年頭規式と重なる状態を述べ、在府時の区分に即して着城時の納太刀と年頭御礼を整理する案を吟味する。ただしその年の年頭規式に欠ける部分も生じ得ると認める。浄国院以来代々受けてきた規式なので、今後は藩主の賢慮次第で命じるべきと家老中にも相談したと結ぶ。朱注では酉九月廿五日、宮之原甚五太夫が調査結果を取り次ぎ、吟味のとおり命じる旨を受け、式部が承知したと記す。

登場人物

式部(朱注)、宮之原甚五太夫、大玄院(綱貴)、浄国院(吉貴)、嶋津将監、山田新助、大嶋休左衛門、志岐藤左衛門、田尻八郎右衛門、中西文右衛門、家老中、記録奉行、諸地頭・諸士・外城寺院衆・町人等

宛先

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キーワード

在国年頭規式、着城、先例調査、古帳、記録奉行、納太刀、御目見、宝永、正徳、享保、在府、初月次御礼、祝儀帳、重複、御賢慮、宮之原取次

冊子頁

106~107頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

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(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf