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追録6-No.2058記事旧記雑録暫定版・確認中

重豪参勤途次ニ御鷹ノ鶴拝領ス

天明四年正月十三日~二月七日/原整理番号 2058/整理ID 2058

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

天明四年正月十三日、重豪は江戸参勤のため鹿児島を発ち、家老島津左中久金、大目付川上頼母久品、側役岩下佐次右衛門方恭、側役格愛甲蔵記廉盛・児玉祝人実門らが供奉した。九州路を進み、二十三日に筑前木屋瀬、二十四日に豊前大里へ渡り、中国路を経て閏正月十一日に大坂、十二日夜に大坂を発して淀川を遡り伏見に一泊、十五日に伏見を発ち、十六日に近江高宮へ着いた。これに先立つ閏正月七日、将軍徳川家治は宿次奉書により、将軍家の鷹が捕った鶴一隻を重豪へ与えた。久世広明から留守居を通じて伝達され、鶴と奉書は村田藤九郎経條・河野三左衛門良堅が宿次で護送し、十六日に高宮の客舎で重豪が受領した。同日、重豪は側用人平田平太左衛門位就を謝恩使として江戸へ遣わした。位就は重豪を待って美濃国清洲駅にいたが、鶴受領の報を受けて同駅から江戸へ発ち、二十三日夜に到着、二十五日に久世広明宅へ赴き、翌日には老中各邸を回った。重豪は高宮から美濃路・東海道を進み、二月朔日に江戸へ到着して芝邸に入り、同日留守居を老中邸へ遣わして参府を報告し、六日には自ら老中各邸を回った。七日、久世広明は留守居に、通常は謝恩使が将軍に目見えして奉書を受ける例だが、この時は重豪がすでに朝覲していたため、将軍は謝恩使に会わず奉書も与えないと伝えた。

登場人物

島津重豪、徳川家治、島津久金(島津左中)、川上久品(川上頼母)、岩下方恭(岩下佐次右衛門)、愛甲廉盛(愛甲蔵記)、児玉実門(児玉祝人)、久世広明、村田藤九郎経條、河野三左衛門良堅、平田平太左衛門位就、江戸留守居

宛先

宛所なし

キーワード

島津重豪、参勤、江戸、正月十三日、島津久金、川上久品、岩下方恭、愛甲廉盛、児玉実門、九州路、筑前木屋瀬、豊前大里、中国路、大坂、淀川、伏見、近江高宮、徳川家治、宿次奉書、御鷹、鶴一隻、久世広明、村田藤九郎経條、河野三左衛門良堅、平田平太左衛門位就、美濃清洲駅、美濃路、東海道、芝邸、謝恩使、朝覲、留守居

冊子頁

729~730頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(5)616~767頁(天明元~天明4).pdf