追録6-No.1697記事旧記雑録暫定版・確認中
中山王尚穆弔書幕府送達記事
安永九年七月~安永十年正月九日(使節出発は安永九年八月二十七日)/原整理番号 1697/整理ID 1697
確認度高
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概要
大納言家基公の凶報が前年九月に琉球へ届き、安永九年七月、中山王尚穆は渡嘉敷親方に弔書を持たせて薩府へ送った。重豪は新番の岸良貞右衛門兼平を継使、歩行士の遠矢金右衛門良起を宰領とし、軽卒二人を添えて八月二十七日に本府から江戸へ発たせた。一行は十月四日に江戸へ着き、十一日に兼平が月番老中阿部豊後守正允と御側用人水野出羽守忠友へ重豪の副簡と尚穆の弔書を呈した。十一月十九日、月番老中田沼主殿頭意次が兼平に奉書を授け、忠友も留守居へ返札を授けた。新番千田七右衛門貞仲と歩行士郡山五郎兵衛員将が軽卒二人を伴ってこれを国元へ運び、二十二日に江戸を出発、翌安永十年正月二日に薩府へ到着した。九日、渡嘉敷親方を対面所に召し、家老・若年寄・大目付が列座する中、月番家老が趣旨を述べ、奏者番から老中奉書・忠友返札・重豪書を渡した。親方は琉球へ帰って尚穆に届け、先例に従い奉書と返札の写しを薩府へ献じ、真書を琉球に留めた。弔書を重豪自身が作成したとの記載ではない。
登場人物
島津重豪、中山王尚穆、渡嘉敷親方、岸良貞右衛門兼平、遠矢金右衛門良起、阿部豊後守正允、水野出羽守忠友、田沼主殿頭意次、千田七右衛門貞仲、郡山五郎兵衛員将
宛先
幕府(月番老中・御側用人。記事に独立宛名なし)
キーワード
家基公凶報、中山王尚穆、渡嘉敷親方、弔書、継使、宰領、江戸、月番老中、御側用人、奉書、返札、対面所、琉球帰着
冊子頁
600頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf