佐久間村央首尾書
安永八年十月三日(朱自己年記、追而書別日なし)/原整理番号 1640/整理ID 1640
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概要
佐久間九十九が市正様へ報じた、宿次での御鷹の鶴拝領についての内談の首尾書。去る春の願いによる三月の早い参府に際し、宿次の鶴拝領が「御順年」でも「御流」となるかを承合うよう言われたが、有川勇馬が松平右近将監方へ用人松倉左仲を通じて尋ねたところ、在国年は従前「格年」に拝領するものの、早春に国許を発つ場合は到着前なので宿次で頂戴できる、極月末または正月の旅中に頂戴することもできるだろうという筋を聞いていた。旅中での受領がなければ、その旨を国元へ知らせ、更に願い出る扱い、旅宿での着服を相詰の面々と改め、外回り等を粗末にしないようにすることにも触れる。その取扱いが不都合なら延期を求めるか、拝領がない扱いを願うことも、後年に差し障らないよう相談すべきかと述べる。早春の発駕と拝領が途切れるかという心配について、去る酉年の有川の承合いでは、早い国元発駕の年は旅中での拝領になると聞いたため、左仲が松倉へ詳しく伺い、来年の参府が願いどおりとなる場合は既往の例を用いて拝領がないままとならないよう取り計らえるか、あるいは御中絶になるかを内々に訊いたと述べる。先月二十八日、九十九は井上伊織と取会い、翌早春に国許を発ち二月中に参府する予定と、旅中での拝領の式を相談した。国元の頂戴の式は仕組みをそのまま行えず、敬って頂戴すること、礼使を受領場所から差し立てること、請けと証文の返納などを委曲説明して内談した。他の同列様方にはまだ申し上げていないため、その取扱いも指図に従いたい旨を伝えた。伊織は承知して主殿頭へ申し上げ、更に指示を伺う旨で別れた。昨二日の登城前に再び伊織と問い合せたところ、主殿頭も承知し、旅中の拝領は国元の式にはならず、受領した場所の有来の振合いで済ませるのがよい、勤向等は同列様方へ別に申し上げなくてもよい、鶴が野元から上がり江戸近くへ入ったときの旅中受領を心得ておくように、との取計らいを聞いたので、その趣旨を報じて置くとする。十月三日、佐久間九十九、村央との注があり、市正様宛、山岡久澄との注を付す。追而書は、主殿頭が国許の頂戴の式にはならないと理解していること、旅宿に限った取扱いでも諸事を従来どおり敬意を尽くして行いたいことを付す。詰合の面々の衣服を旅支度のままで済ませてよいかは吟味次第とし、伊織の口ぶりでは旅館向けの当式に従って頂戴すれば済むようであったと結ぶ。内々の承合い・主殿頭への報告・再照会で聞いた取扱いを示す記録で、鶴の数量や実受領を記した書ではない。
登場人物
佐久間九十九(村央、差出)、山岡市正(久澄、宛)、太守、松平右近将監、有川勇馬、用人松倉左仲、田沼主殿頭、井上伊織(正休注)、御供・御礼使
宛先
市正様(山岡久澄との注)
キーワード
去春三月早参府、有川勇馬右近将監松倉内談、御順年・格年、来年早春国许発駕二月参府、極月正月旅中鶴頂戴、御式着服礼使証文、先月廿八日伊織取会、昨二日再照会、十月三日九十九署、追而旅支度衣服
冊子頁
582~585頁
読込量
大
面白さ
★★★★★
(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf