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追録6-No.1441記事旧記雑録暫定版・確認中

帰国の暇への御礼と、営中での直答の旧例復帰

安永六年四月十六日・十九日、先例は寛陽公以来/原整理番号 1441/整理ID 1441

確認度中
この文書は暫定版です

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概要

同年四月十六日、大家が老中板倉佐渡守勝清を芝邸へ遣わし、重豪に帰国の暇を与え、先規通りの賜物を与えたと記す。儲后も老中阿部豊後守正允を通じ、同様に先規通り賜物を与えた。十九日には命に応じて登城し、黒書院で家治へ帰国の暇の御礼を申し上げ、懇ろな命を受けて御馬一疋を賜り、拜命之辱という直答を述べた。退いて西営にも登り拝礼した。記事は、寛陽公以来、大家へ参じる時には左右に従って起居を伺い、一言を賜ると拜命之辱と答える例であったが、浄國公の代にその礼がしだいに行われなくなったと説明する。そこで重豪は帰国の暇の御礼を述べるに当たり、寛陽公以来の故事を記録し、期日の一日前に掌月老中松平周防守康福へ内々に請い、この時に旧例通り拜命を奉じて答えられたとする。寛陽公には島津光久の注がある。末に、この日在府家老二階堂主計行旦が贄を持って大家に謁したことも例の通りと載せる。十六日の暇・賜物の通知と十九日の登城・馬の賜与・直答を分け、儲后の賜物に馬一疋を借用しない。行旦という原記事の諱は、別の目録にある行且へ自動的に改めない。

登場人物

重豪、家治、儲后、板倉佐渡守勝清、阿部豊後守正允、松平周防守康福、寛陽公(島津光久の注)、浄國公(原呼称)、二階堂主計行旦(原記事表記)

宛先

独立宛所記載なし

キーワード

四月十六板倉芝邸帰国暇賜物・儲后阿部同例、十九黒書院家治礼御馬一疋拜命之辱西営拝、寛陽光久以来旧礼浄國公漸寝、前一日周防康福内請復旧、二階堂主計行旦執贄御目見

冊子頁

523頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

原文を確認

(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf