追録6-No.1406記事旧記雑録暫定版・確認中
浄岸院の意向に沿う重豪女の縁組許可と登城の御礼
安永五年七月十九日(同年の文脈)/原整理番号 1406/整理ID 1406
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概要
同年七月十九日、大家が重豪を召し、老中板倉佐渡守勝清に伝えさせた。浄岸院がかねて願っていたため、重豪の女を徳川豊千代と縁組させ、その取扱いは浄岸院が在世の時に親しく相談した事柄に準じるようにとの趣旨である。豊千代には民部卿治済公の嫡子との注がある。重豪は命を拝謝して退出し、西城へ登城して奏者秋元摂津守永朝に謝し、一橋邸と老中各邸にも御礼した。小字は、この日当番老中右京大夫輝高が病気だったため勝清が代わって伝えたとする。婚姻の許可と御礼の行動を分け、婚礼を実施した記録や重豪本人の病気とはしない。
登場人物
重豪、大家、板倉佐渡守勝清、松平右京大夫輝高、浄岸院、徳川豊千代、徳川民部卿治済、秋元摂津守永朝
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
七月十九日、重豪召命、浄岸院在世親議、豊千代治済嫡子縁組許可、輝高病勝清代伝、西城秋元永朝、一橋邸老中御礼
冊子頁
507頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf