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追録6-No.1359達書旧記雑録暫定版・確認中

日光社参後の祝儀献上―石高別の種・荷と御部屋への進上を定める

安永五年三月(年は朱)、廻状三月十二日・朱写送三月二十二日、献上指示四月二十五日/原整理番号 1359/整理ID 1359

確認度中
この文書は暫定版です

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概要

日光御社参が済み還御した後の祝儀について、石高別に献上の種・荷を指図する。三十万石以上は公方へ三種三荷・大納言へ三種二荷、十万石以上は公方へ三種二荷・大納言へ二種一荷、五万石以上は公方へ二種一荷・大納言へ一種一荷、一万石以上は公方へ一種一荷・大納言へ一種一荷とする。後段には十万石以上について大納言へ一種とする欄があり、本ママの朱注を付す。これに続いて十万石以上の御部屋へ一種、一万石以上の御部屋へ一種一荷を記す。この原欄の大納言という呼称を御部屋へ取り替えず、種だけの欄に荷数を足さない。四月二十五日朝六時より五時までの間、使者をもって本丸・西丸の御玄関から献上し、御部屋への進上物は平川口御門番所まで差し上げるよう命じる。在国・在邑の者、嫡子・隠居は献上物を不要とする。三月の本文に続く大目付廻状は、右近将監からの書付写一通を承知して滞りなく順達し、最後から大屋遠江守方へ返すよう指示する。廻状は三月十二日、朱の到来・順達・写送注は三月二十二日で、矢野清右衛門と矢柄の記載がある。指図・廻状・写送・献上予定を分け、種・荷を具体の食品・箱数・実際の献上合計へ換算せず、原時刻も現代の時計へ補正しない。

登場人物

公方、大納言、御部屋、諸大名、嫡子、隠居、松平右近将監(武元)、大目付、松平薩摩守、松平陸奥守、有馬中務大輔、矢野清右衛門、矢柄(原呼称)

宛先

大目付へ御渡し、松平薩摩守ほかの留守居

キーワード

日光社参還御後、三十万十万五万一万石、種荷11対応、公方大納言御部屋、本ママ、四月二十五日朝六時五時、本丸西丸玄関、平川口門番、在国在邑嫡子隠居免除、廻状三月十二日、写送三月二十二日

冊子頁

491~492頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf