安永四年の重豪の行動・家老交替と犬追物復興の記事
安永四年乙未、四月二十一日~十一月十三日の記事/原整理番号 1260/整理ID 1260
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概要
安永四年乙未、重豪が疱瘡を患ったことと、この年から目附を二年交承で三都へ遣わすようになったことを記す。四月二十一日に芝邸を発ち、六月四日に府城へ到着、十六日に玉松二山へ帰着を告げ、十八日に山下・築地と注す両館を訪れた。二十日は南泉廟、二十一日は垂水第、二十二日は尾畔、二十四日は花城第に赴き、七月十五日に玉松両廟へ謁したと列記する。七月二十七日には家老河野外記の職を免じ、廩米百苞を与えて終身食することを命じた。二十八日に赤松造酒則正を家老とし、二十九日には家老川田伊織國福の職を免じ、禄百石を与えて終身食するとする。百苞と百石の対象と単位を分ける。八月六日は伊集院で、九日と十五日は伊敷で放鷹し、十八日に市正宅、二十九日に兵庫茶亭に赴いたと記す。市正には山岡久澄、兵庫には島津久徴の注がある。十一月十三日に演武館へ臨み犬追物を観た。恤畜令以後は書伝を講ずるだけになり、技は久しく廃れていたが、公命で復興し観るべきものとなったと説明し、中興と評する。出典は朱の近秘野艸。原の交承、玉松、恤畜令などの語を保持し、目附の派遣先三都や寺廟を別の地名・施設名へ補って特定しない。
登場人物
重豪、目附、河野外記、赤松造酒則正、川田伊織國福、山岡市正久澄、島津兵庫久徴
宛先
宛書なし
キーワード
疱瘡、目附二年交承三都、四月二十一日芝発六月四日府城、玉松二山両廟、山下築地、南泉垂水尾畔花城、河野外記廩米百苞、赤松則正家老、川田國福禄百石終身、伊集院伊敷放鷹、久澄宅久徴茶亭、十一月十三日演武館犬追物、恤畜令講書傳、復興中興
冊子頁
454頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
(4)451~615頁(安永4~天明元).pdf