追録6-No.1235記事旧記雑録暫定版・確認中
重豪の痘瘡と芝邸への見舞・鮮干鱈下付・定国の代理礼謝
安永四年正月発病、同月二十七日見舞、二月二日酒湯浴・その後平復/原整理番号 1235/整理ID 1235
確認度高
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概要
安永四年正月、重豪が痘瘡にかかり、病床にあったと記す。同月二十七日、大家は御奏者戸田因幡守忠寛を芝邸へ遣わして病を問い、鮮干鱈一箱を賜った。大納言家基も忠寛によって見舞をしたと続ける。松平中務大輔定國が代わって恩旨を奉じ、直ちに登城して御奏者秋元攝津守永朝に就き、その恩に謝したと記す。二月二日に酒湯を浴し、日を経て平復したという。鮮干鱈一箱の下付は大家の見舞に伴う記載で、家基の見舞にも一箱を加えて二箱とはしない。礼謝の登城は定國による代理の行為として整理し、病中の重豪本人の登城へ変えない。二月二日は酒湯浴の日で、その日に完全平復したと断定せず、その後の平復と区別する。
登場人物
重豪、大家、戸田因幡守忠寛、大納言家基、松平中務大輔定國、秋元攝津守永朝
宛先
宛書なし(見舞・礼謝の経過記事)
キーワード
正月痘瘡、淋橋、正月二十七日、芝邸、戸田忠寛、鮮干鱈一箱、家基見舞、定國代奉恩旨、秋元永朝、二月二日酒湯、計日平復
冊子頁
448頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf