追録6-No.1191記事旧記雑録暫定版・確認中
重豪公御譜記事―国史館の火災後の移転と府城南での改築
安永三年甲午夏五月十四日落成、回顧元禄九年・宝永三年・正徳三年・明和八年・安永二年、明年秋七月二十一日/原整理番号 1191/整理ID 1191
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概要
国史館は初め府城本丸内にあったが、元禄九年丙子四月二十三日、府城回禄の際に烏有となったと記す。宝永三年丙戌十月二十三日に府城の使殿四配邸と記す場所へ仮置きした。図籍を掌るにも出入りが不便だったため、正徳三年癸巳閏五月十五日に願いによって府城北の御厩内の旧屋へ移し、三十年を経た。明和八年辛卯冬十一月十七日、重豪が初めてここへ至り、館にふさわしくないと考え、有司に府城南の地を選ばせて改作した。工事は安永二年冬十月朔日に始まり、今三年甲午夏五月十四日に落成した。文庫を移し、壮麗さは旧制より増したとする。この時に来朝していた琉球国中山王世子尚哲に国史館の三字を書かせ、扁額とした。明年秋七月二十一日に記事の自称「余」が再びここへ来て座に就き、行人兼太史の児玉に譜系図・譜略への賛をさせたと結ぶ。末の児玉の通称・名に当たる細字は切分けを確定せず保持する。火災後の仮置きと移転、図籍利用の不便、改築工事・文庫移転、世子の題額と翌年の来館を一連の経過として記す。
登場人物
重豪、国史館、府城本丸、使殿四配邸、府城北御厩内、有司、琉球国中山王世子尚哲、行人兼太史児玉
宛先
独立宛書なし
キーワード
元禄九年四月二十三日火災、宝永三年十月二十三日仮置、正徳三年閏五月十五日移転、府城北御厩内・三十年、明和八年十一月十七日来館、安永二年十月朔日着工・三年五月十四日落成、尚哲国史館扁額、明年七月二十一日、児玉譜系図譜略賛
冊子頁
431頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf