齊宣・齊興譜序文―家譜の編纂沿革、廃藩・戦乱と史料収集
序本文に明治二十一年四月の編纂命令、明治四年廃藩・丁丑の乱の回顧(末尾独立年月なし)/原整理番号 1129/整理ID 1129
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概要
齊宣公御譜初巻中の序文。得仏公島津忠久が文治中に三州の封を受けて以来、二十六世・六百余年を伝えた家の史乗を述べる。寛陽公光久の時に平田清右衛門純正を文書奉行にして家譜を集めたことを記す。得仏公から慈眼公家久初世まで十八世の正統系譜百十四冊、公中世以後の正統系譜続編七十九冊、支流系譜五十二家九十六冊が編纂され、史官の記録が積み重ねられたとする。寛陽公から大信公重豪まで七世五百八冊が正統系譜続編となり、大慈公齊宣・金剛定公齊興二世の記事実録・文書の編纂も進められたが、明治四年の廃藩によって史官の職と編纂業務が廃されたと述べる。後の丁丑の乱では鹿城が戦場となり、島津家の累世の譜牒・文書のうち岩崎文庫所蔵品は保護運搬によって兵燹を免れたが、築地邸所蔵品は十分に運べず、焼失したことを記す。残存数は原記「正統家譜正續編十七處七百零一冊」、支流系譜九十六冊とし、岩崎文庫に存すると述べる。明治二十一年四月、島津家譜を続輯する命を受け、宗高は旧藩太史職に就いていた者として力を尽くして二世の編纂を成したと記す。築地邸の旧編纂史料が焼失したため、全く新しく集め直す必要があり、先公譜に引用される事実文書を読み、文庫・史館記録・家老座右筆所の簿籍を採り、中山王と藩内諸家の文書も求めた。県庁収蔵史館記録も兵燹で失われ、旧中山王や諸家の文書も廃藩時の混乱・その後の災難で散逸し、残存史料が少ないとする。岩崎文庫が火災を免れても多くの譜に欠けがあるため、編纂が十分でない遺憾を述べる。先公旧譜の紀事体にならって公自身の文書を用い、後の先史の凡例に関する論説を宗高が独断で改めることはせず、時に愚按を加えて記事の不足を補うという編集方針で結ぶ。
登場人物
宗高(本文の自称)、平田清右衛門純正、島津忠久得仏公、家久慈眼公、光久寛陽公、重豪大信公、齊宣大慈公、齊興金剛定公、当家、旧史官、中山王、諸家、家老座右筆所
宛先
譜序のため独立宛所なし
キーワード
家譜編纂沿革、平田純正、正統系譜・続編・支流系譜、齊宣齊興二世、廃藩で編纂中断、丁丑戦乱、岩崎文庫・築地邸、明治二十一年の命令、史料焼失散逸、各家史料収集、紀事体・公自身文書・愚按
冊子頁
409~410頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf