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追録6-No.1085その他文書旧記雑録暫定版・確認中

山本正誼「本府学宮講堂記」―創建・教学運営・程朱学と読書論

安永二年癸巳八月(本文二月着工・八月落成)/原整理番号 1085/整理ID 1085

確認度中
この文書は暫定版です

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概要

「本府学宮講堂記」。安永二年癸巳、本府に文宣王廟を創建したのは公命によるもので、二月に始め八月に落成し、正殿から斎庖の廬まで備わったと述べる。講堂は仰高門の内にあり、学官十余人を命じて学政を見させて諸生を率い、八歳以上の子弟を選び、灑掃・応対と容儀礼節などを教えたとする。学ぶ諸生が日々来て四書六経を読み、戸外にも読誦の声が満ちる盛況を記す。鼓篋の初めに学制を厳しくする必要を述べ、諸生と読書の法を約する。四書六経は古く、秦の火を経て漢の注・唐の疏で訓を保ち、宋の程朱が微言を分析し大義を提げて精蘊を発揮したので、後学が程朱の説を主とするのはよいと論じる。本府の教材では、四書・詩に朱子、易に程子・朱子、春秋に胡氏、書に蔡氏、礼に陳氏を用い、小学・近思録も講論・誦習の助けとする。程朱の説を信じるとともに、切問近思・自得を功とし、大帖を誦して章句を占めることだけを目的としない。文義・句読について精緻な解釈を装い、本文を滅裂にして理解を求めず、虚字の疏釈や強詞を頼みに、批評対象を古典的な批判名で呼ぶ態度を戒める。そのような説が果たして程朱の旨を得ているかを問うた際、諸生が応じて言葉を記録したので講堂記としたと述べる。四書六経を講習・討論の根本とし、余力を読史・百家の書に及ぼす者は各自の所得に応じてよいと結ぶ。末尾は安永二年癸巳八月、本府副史知学事山本正誼謹記。創建の経過、子弟教育、教材と注解の選択、形式的な章句・修辞への批判を含む記文。

登場人物

山本正誼(本府副史知学事)、重豪、諸生、八歳以上の子弟、程子・朱子、胡氏・蔡氏・陳氏

宛先

講堂記のため独立宛書なし

キーワード

学宮創建、学官十余人、八歳以上子弟、灑掃・礼節、読誦盛況、程朱の位置、教材別注解、切問近思・自得、章句偏重批判、読史百家

冊子頁

385~386頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf