追録6-No.1042碑文・題記旧記雑録暫定版・確認中
林信言撰―薩州鹿児島学の創建と教育の本旨・刻石の目的
安永二年夏五月(学記末、本文に今歳三月の創建)/原整理番号 1042/整理ID 1042
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概要
「薩州鹿児島学記」。古の王が学校を設け、人才を育て国家の将来の用に備え、五典六徳を教え、上が行い下が倣うことで、成人は徳を備え、子供は成長し、家で孝悌を修めて上に忠順を移し得たと述べる。その教えが明らかに行われ、多くの俊才が育ったことを説く。後世も学校の設置は古と似ているが、人才・風俗が衰えた理由を、上の者が華美や遊声を飾り、故事や祝いを形式の具にし、言葉の試訓・文辞によって名利へ誘う教育に求める。学ぶ者が時に抜擢されて多く聞き見、詞章や議論に長じても、徳業・事功の実では古人に及ばないとし、古今の差は上の者の教え方にあると論じる。今歳三月、薩摩侯が鹿児島に先聖の廟を創建し、先聖と配位の像を設け、先賢・先儒の像を描き、各種の器物も諸昌平国学に倣ったので、春秋の釋奠の礼を行えると記す。さらに師生の舎を整え、国の子弟を朝夕教養する場所とした。帰藩の際、侯が臣児玉實門を遣わして信言に学記の執筆を命じ、この盛挙を文にして後の人々へ伝え、石に刻んで廟門内に立てるよう求めたという。信言は古今の人才の汚隆が教え方に由来することを敬して述べ、儒を尊び道を崇める侯の意図と、ここで学ぶ子弟が自ら考えて学ぶことへの期待で結ぶ。末尾は安永二年夏五月、林信言謹撰。正文は聖堂方にある。
登場人物
朝散大夫守国子祭酒兼経筵講官林信言、薩摩侯(重豪)、臣児玉實門、国の子弟、師生
宛先
学記のため独立宛書なし
キーワード
学校の人才育成、古今教育への論、廟・像・器物・師生舎、釋奠、執筆依頼、刻石
冊子頁
371~372頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
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(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf