追録6-No.1002記事旧記雑録暫定版・確認中
浄岸院の七日間の中陰法要・代参と織田信方の名代焼香・帰路
安永二年二月二十七日~三月五日の記事(附注に閏三月二十一日)/原整理番号 1002/整理ID 1002
確認度高
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概要
重豪公御譜中の記事。二月二十七日から浄岸院の中陰梵儀を七日間行い、小注に二十七日から三月三日までとある。初日は島津備前貴儔、晦日は島津兵庫久徴、三月三日の満散は島津貴儔が代参し、祭文を上げた。四日に織田信方が福昌寺の浄岸院廟主へ参詣し、将軍家治と大納言家基の名代として焼香・伝拝した。同日、備前貴儔が賜られた賻銀を牌前へ供えた。信方は勤めを終えたので江戸へ書を送り老中へ報じ、翌五日に藩府を発って東武への帰路についた。附注には留守居付・歩士・医師等を信方に付けたこと、同日側用人中村与太夫種暁も江府へ赴任させて同行し、九州・山陽・東海の三駅路を経て同年閏三月二十一日に江府へ到着したことを記す。法要の日程と代参者、幕府の名代焼香、帰路の出立と到着をそれぞれ区別して収録する。
登場人物
浄岸院、島津備前貴儔、島津兵庫久徴、織田信方、将軍家治、大納言家基、老中、留守居付・歩士・医師、側用人中村与太夫種暁
宛先
記事のため独立宛書なし
キーワード
中陰法要七日、代参・祭文、幕府名代焼香、賻銀、帰路・随伴
冊子頁
357頁
読込量
小
面白さ
★★★★★
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(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf