← 検索結果へ戻る
追録6-No.1記事旧記雑録暫定版・確認中

宝暦十四年間公辺記事

宝暦十四年(記事中は正月~五月二十二日)/原整理番号 1/整理ID 1

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

宝暦十四年の重豪の公辺動静を月日順に記す。正月元日に五社を参詣して受賀し、二・三日にも規式と外朝での受賀を行い、二十七日には慈照夫人が登営して将軍家治・御臺・儲君・萬壽君らへ旦を賀した。重豪は秋に琉球人を伴って江戸へ朝参する予定だったが、自身に寒疾があるため春の暖かい時期に先発することを願い、閣老の許可を得た。琉球人は家臣とともに秋に来朝する計画とする。二月十三日の御鷹の鶴拝領と島津玄蕃の江戸謝恩、十五日の外朝、谷山での放鷹、西田館・山下築地への訪問、三月九日の華尾廟参詣、二十二日の府城出発と出水・嘉志久利を経る行程、四月二十四日の大坂到着と二十七日の伏見到着、五月十三日の芝邸到着を記す。五月二十二日には慈昭夫人・悟姫君が御休息所を訪れ、岡元可助に瑤琴の演奏を命じた。

登場人物

島津重豪、北郷権五郎、慈照夫人、大樹公(家治、人物注)、御臺、儲君、萬壽君、島津玄蕃(貴澄、人物注)、松君(島津勘太郎、人物注)、家老鎌田出藏(政芳、人物注)、慈昭夫人、悟姫君、岡元可助

宛先

—

キーワード

宝暦十四年、年賀、登営、琉球人朝参、寒疾、重豪春先発願、琉球人秋参府、三月二十二日出立、岡元可助、鷹狩、御鷹の鶴、謝恩、江戸参府、瑤琴

冊子頁

1頁

読込量

小

面白さ

★★★☆☆

原文を確認

(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf